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2011年 12月 05日
前日の開墾疲れのため、夕方まで家で雑務。
夜からおおわさんの計らいでやまこま荘へ。 前枝君(自室で「やまこま食堂」という食事会を開いている)の部屋にて、10人ほどでご飯を食べ(これがまたすこぶる美味なものばかり)、民族文化映像研究所の姫田忠義氏が作った映像を鑑賞。 氏はこれまでの40年以上の活動から、なんと114本の映画作品と150本あまりのビデオ作品を生み出したという。その中で、今日は奄美のビデオ作品を観せてもらった。 加計呂麻島のある集落の一年のめぐりを収めたものだ。 学生時代からよくよく考えている事柄ではあるけれど、そもそも僕自身、土地との関係性が希薄というか、愛着のようなもの、根をおろす思考というものを実感出来ずにいる。 唯一、長野は例外だが、ちょうど10年ちょっとずつ暮らした横浜や辻堂に対してはそこまで何かを感じない。むしろ、年々変わっていく開発に対して悲しい思いを抱いている。(実家の辺りはのんびりしていてまだ好きだけれど) 受け継がれるもの、途絶えるもの。 目に見えるもの、見えないもの。 そして、当たり前だけれど、100年前、50年前と今とを単純に比較することは出来ない。 いろいろな選択肢を選べるなかで、僕は何を選ぶのか 2011年 11月 14日
相方の28回目の誕生日。
午後から散歩。草星でプレゼントに飯椀を買う。 日々使うものだからこそ、気に入ったものを使ってもらいたいと思う。 六曜社でコーヒーとロールケーキを頬張り、夕暮れを帰路に着く。 丁寧に夕飯をつくり、後、LOTUSのケーキにうなる。 それだけで幸せだ。十分だ。きっと彼女もそう思っているだろう。 僕らにとって今年はとても大きな変わり目だった。 打ちひしがれるほどの無力感と絶望感を二人で味わった。 だが、それと同じくらい、希望も見つけた。 この体験は他の誰とも共有できそうにない。 素晴らしい一年となりますように。 その手伝いが出来る立場にいることを心底幸せにおもう。 2011年 11月 13日
かねてから噂を聞いていた赤目自然農塾へ行く。
亀山まわりで而今禾へ寄った後、山荘泊。翌日、朝から晩まで農作業。 なんだかとても不思議な時間だった。 山の斜面を切り開いた田畑に、脱穀機をまわす音、とうみにかける音、こだまする笑い声。 見たことはないはずなのに、どこかで見たような懐かしい風景。 見晴らしのよい段々畑を夕暮れまでひとりで開墾する。 笹に覆われた土地を少しずつ切り開いてゆく。石垣が見える。先人が築いたものに想いをはせる。かつての暮らし。 この時代でしか出来ないことを考えつつ、僕らはどこまで戻れるだろう。 2011年 10月 27日
ほうれん草の苗を植え替えながら、ふと、フィルのことを想う。
海の汚染はどこまで進んでいるのだろうか。 今でも彼は海を泳いでいるのだろうか。 事あるごとにくじらになりたいと言っていたこと。 本当にいつか、泳いだまま戻ってこなくなるのではと、沖を見つめながらあきさんと二人ではらはらしながら待っていたことを想い出す。 最近、写真を撮ることを意識しなくなってきている。 水を汲み、土をいじり、ベランダに出て菜を摘み食を作り、それを口に入れる。 3月11日を境に、変わってしまった世界へ向けて、身体作りをしている気がする。 今はそういう時期なのだと思う。 彼らは元気にしているだろうか。 手紙を書こうと思う。 2011年 10月 23日
昔からの友達と、京都にきてからの友達と糺の森のフリーマーケットへ。
フリマは大学生以来の出展。 CD、トレーナー、コート、時計、本、しめて6000円くらいの売り上げだった。 自分の手に持てるだけの物で生きれるようになりたい。 何かが起きたとき、持っていけるものは限られているのだから。 2011年 10月 21日
東寺で行われている骨董市へ行ってきた。
先日、友人宅で見かけたSPONG & Co.Ltdのコーヒーミルを発見。 値札を見たら15000円だったので諦めかけたのだが、聞いてみるとあっさりほぼ半額にしてくれた。 鋳鉄製で一生使えそう。 相方はなんと、中古の自転車を買った。整備済みという文句も虚しく、タイヤの空気が入っていないことを指摘して勉強させたらしい。 帰宅後、ミルの分解清掃と自転車の整備。 変速機の調整を初めてしたが、手間取る。 2011年 08月 25日
ここのところずっと、何かを人に伝えることの難しさを感じている。
twitterのタイムラインにぽつぽつとあがる国や誰かへの批判。 正直、もう、うんざりしている。 批判や怒りがこみ上げる気持ちは分かる。だが、その醜悪な文面を見た他人はどう思うのだろうか。とても難しいことだが、書きなぐった言葉の一つが誰かにとって違う意味をもつことは多々あることだ。 僕は何かの事柄について、本当のところで分かり合うということはかなり難しいと思っている。だからといって、伝えることを放棄するほど孤独を愛しているわけではない。 分かり合うことは難しい(だから分かり合えたら嬉しい)を基本のスタンスにするだけだ。このようなときだからこそ、人の数だけ違う意見があるという当たり前のことを再確認したい。 2011年 08月 18日
二条城の脇を自転車で通りながら、ときおり吹きぬける涼しい風に秋の気配を感じた。
それと同時に、今春の記憶がストンと抜け落ちていることに気付く。 あの頃の僕は、桜を見る余裕すら失ってしまっていたのか。 でもうっすらと、中目黒駅の高架ホームから悲しい気持ちで桜並木をみたような記憶があるような。 東京にいる間、何本か撮った写真。 明日、現像に出してみようと思う。 2011年 07月 25日
僕はいまでも鮮明に覚えている。
そして、ふとした時に思い出す。3月14日のことを。 朝、とても悲しく不安な気持ちで彼女を会社へ送り出した。 このような緊急事態にも、東京は安全であるかのように振る舞い、会社は従業員の安全を考えはしないということを強く疑問に思いながら。 11日に満タンにしたバイクのガソリンをチェックし、空気圧を点検し、何かあったらすぐに迎えにいくことを考えながら、家でNYタイムスやフランス外務省、米軍の情報、茨城の放射線監視システムをチェックし情報収集をして過ごしていた。 夜になり彼女が帰宅し、これからのことを話していた。事態は刻々と動いていた。 二人でUstreamの東電会見を見ていると、副社長だったかが「放射性物質が漏れている」とバツの悪そうな表情で質問に答えた。それは確か、22時頃だったように思う。 1号機が爆発した時点でそれは明らかではあったが、公に発言したということのインパクトは大きかった。風向き次第では間違いなく東京まで来ることが想像できた。 震災当日にすでに準備していたバックパックの中身を再点検し、僕らは二度と戻れないことを覚悟して家を出た。首都圏脱出のパニック回避のために高速道路が封鎖されるのではとビクビクしながら用賀インターから東名に乗った。下り車線は驚くほど空いていた。 ガソリン不足を恐れ、スタンドがあるたびに給油した。 足柄のパーキングエリアで会った学生は、彼女を迎えにつくばへ戻った。 ガソリンスタンドで見かけた、いわきから来たという、少しやんちゃそうに見えたお兄さんは親類を頼り確か名古屋へ向かうと言っていた。 無計画停電のおかげで夜の高速道路はとても暗かった。 おかげで夜空が綺麗だった。月がまぶしかった。御前崎あたり、浜岡原発は大丈夫でありますようにと祈りながら通過した。 上り車線は自衛隊や消防、警察車両だらけだった。 東へ向かうすべての人が被爆すると思うと、重い気持ちになった。 どうにか夜通し走り続け、三重まで来たあたり、原発敷地内で最大の放射線量を観測したと報道されていた。 パーキングエリアにいた人たちはみな不安げな表情だった。iphoneを見ると茨城では5μSVが観測されていた。もっと西に行かなくてはと気をいれなおした。 京都へ着くと、街は何事もなかったように存在していた。 僕は目を疑った。ここは本当に日本なのだろうか、と。国境を越え、違う国に来たのではないかと思うほどだった。 ひどく疲れているはずなのに、眠気もなかった。 すがるような気持ちで、京都に住む友達へ電話をした。 2011年 07月 24日
龍谷大学へ原発に関する講演を聴く。
関西学院の朴さん、グリーンアクションのアイリーンさん、ISEPの飯田哲也さんら。 講演内容の多くはすでに知っている内容だったが、懇親会で多くのひとと話すことが出来、あらためて考えるきっかけをもらう。何より嬉しかったのは、同世代の人に会えたことだった。 反対という姿勢はもうすでに古いのかもしれない。 共感するポイントを探すこと。 変えることに時間がかかるのなら、それに固執せず違う層で共存していくこと。 自分の足元からかえていくこと。 それにしても、久しぶりにしこたまビールを飲んだ。 いい夜だった。
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